七草粥

昨日一月七日は七草粥を食べる日。みなさんは、七草粥を食べましたか?
もう、古い風習と食べることを気になさらない方も増えてる現代ですが、新木本住宅では懐かしくも暖かいエピソードがあったのでお話したいと思います。

カレンダーを見ながら仕事始めで、七日の日。ふとスタッフの一人が「七草粥の日だね」とつぶやきました。そこから話題は七草粥に、特別に贅沢な食材ではないが、調達するには手間がかかる。スーパーで買えば案外高い。そんなに手間のかかる料理ではないが何となく作るのが億劫になる。それでも行事好きの日本人、七草粥たくさんは要らないけど少し縁起物でもあるから食べてたいなと団欒してました。
筆者の家では、本当の七草粥ではないが、スーパーで手軽に買える葉野菜で簡単七草粥を作ったりしてまいた。一つ一つの野草に効能や縁起担ぎがあるのもの知ってはいますが、何せ野草。野山が残る北河内、四條畷でも本当に食べれる野草を摘む自信がありません。筆者の母は昔に「ゼンマイや蕨」と「シダ」を間違えて灰汁抜きした、おっちょこちょい。それでも、古来からの縁起担ぎより最近のラッキーセブンにあやかって、七つ葉物が入ればいいだろうなんあ感じで、毎年なんとなく食べていました。そんなことを思い出しながら、仕事してると時間はあっという間、すっかり日も落ちたころに、玄関が開きます。
お隣のお寿司屋さんが、丁寧にも新年の挨拶に来てくれました。そして、本日話題の主役「七草粥」を持ってきてくれました。

さすがは、料理人。ご挨拶にも自分の特技を活かせるのかと感心しました。今、ここで文章に起こしている時にも、お寿司屋さんだけに「活」という漢字かと少し正月らしい楽しい気分になりました。

さて、七草は野草、癖があります。そこは玄人ですね。その癖を感じさせない少し強めの塩加減。そして出汁。
なにより、手間がかかる代物を持ってきてくれる気持ちに感謝しながら食べてる。
すると社長が「隣のお寿司屋さん、毎年もってきてくれるんや」とその一言を聞いて、地域との深い繋がりを感じました。お椀を返すのに洗いながら、このような繋がりが有り難いと噛みしめて「お椀を返しに行ってきます」と社長に声をかけ、お隣さんに行く後ろから社長が、その手には御裾分けのお酒がありました。
このような光景が、筆者の住んでる地域にあることは、まだまだ日本にも多く残っているだろうと少し心が温まる仕事初めになりました。四條畷の「粋」を感じるお正月になりました。

少し豆知識。
七草の風習はどこから来たのか気になり少し調べて見ました。
七草の形式は平安期から江戸期にかけて中国大陸の影響を受けながら成立したと考えられてます。日本には古来「若菜摘み」と言う雪の間から芽を出した食べれる野草を食し縁起を担ぐ習わしが在ったようです。その習わしに、大陸の文化が習合し今に伝わってようです。
そのような七草粥も現代では、正月の豪勢な料理で疲れた胃を労わる役目も担う行事になりました。また、七草一つ一つに効用もあるようです。

地域によっては、七草粥の作法があって、調理の時に歌を歌いながら七草を刻んだり、七つの調理道具を片手に持ったします。風変わりな地域では、逆に七草粥を禁じたり、粥自体を作ることを禁じたりします。

次回、鏡開きと松納め